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必要最低限

雑記

毎日が苦しい。不幸だ。受験が終わったというのに、受験勉強をしていた頃と同じ、いや、それ以上に苦しい。夜になると葛藤葛藤で。

夜は眠れる。食欲もある。自殺願望はあるが実行に移すほど追い詰められてはいない。自殺していった人々はこれ以上の苦しみを味わっていたのだろうか。僕には想像もつかない。

僕は物質的には恵まれていると思う。食べ物に困ったことは一度もない。服もちゃんと着せてくれ、雨風を凌げる家もある。お金だって他の家庭に比べれば少ないが、全く無いというわけではない。少なくとも大学に通わせてくれるだけの金はある。物質的には十分恵まれているのだ。

しかし、何故これほどまでに不幸なのか。科学は進歩し、技術は発達し、人々は富を得た。しかし僕らは不幸だ。不幸なんだ。

いくら物質的に恵まれていようと、精神的に恵まれていなければ幸せとは言えない。いつか良いことがあるなどと何の根拠もない希望的観測を持ち、自分を騙し騙し生きて何が楽しいのか。毎日死んだような顔で満員電車に揺られ、僅かな金銭のために大切な時間を削って何が幸せなのか。

僕はこの物質文明にほとほと嫌気が差している。高校生の頃、現代文の参考書だったか、模試の問題だったか忘れたが、アマゾンかどこかの部族についての文章を読んだ。詳しくは覚えていないが、彼らは狩りの時間以外は自由に過ごし、狩りも自分たちがその日生きているだけの食料しか獲らないそうだ。彼らのモットーは「必要最低限」。生活水準も、食料も、努力も、全てが必要最低限。素晴らしい。実に生物的で無駄が無い生活だ。僕は現代人も彼らのように、僕らの先祖がそうだったように、自然に還るべきだと思っている。それはあまりにも非現実的だが彼らの「必要最低限」のモットーは僕らも見習い、生活に取り入れるべきだと思った。最近流行りのミニマリストとか、まさにそれじゃないか。ちょっとズレてるような気もするが。

僕らの今の生活は、無駄が多すぎるように思う。毎日、生きていけるだけの「必要最低限」の食事をし、「必要最低限」の労働で「必要最低限」の賃金を稼ぎ、暮らす。そういう生活をしてみたい。

 

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