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堕落にまみれた僕の大学受験 後編

大学受験

お題「受験」

前編の続きから

高3

堕落したまま春の全統マーク模試を迎える。英語と国語はそれなりに取れたが、それ以外は壊滅的だった。理系だったので数学と理科が取れないとシャレにならないということでようやく焦り始め、本格的な受験勉強を再開した。

自分を追い詰めるため、友人との連絡手段を全て断ち切った。ネットも寝る前の数時間しか触れないようにロックをかけた。つまらない勉強の毎日。ネットは1日数時間しかできない。孤独感が日に日に募り、辛くてたまらなかったが、なんとか勉強を続けた。

人間には向き不向きというものがある。僕は理系なのに理系科目がとてつもなく苦手で、どちらかと言えば英語や国語といった文系科目のほうが得意だった。理系科目は独学しにくいというのもあるのだけど、全く偏差値が伸びなかった。特に数学はダメダメで、苦手を克服できなかった。

そしてそのまま、センター試験をむかえてしまう。

中学や高校の同級生に会ったら嫌だなという気持ちが緊張感を倍増させた。得意の英語と国語でも実力を発揮できず、センター試験は失敗に終わった。

聡明な人間はここで軌道修正を図る。しかし僕にはそれができなかった。大学受験当初、僕を突き動かしてくれたのはまぎれもなく劣等感と承認欲求だった。けれど、今度はそれらが僕の邪魔をした。妥協してもう少し偏差値の低い大学を受ければいいものを、劣等感と承認欲求がそれを許さなかった。そんな大学じゃ劣等感を払拭できない、誰にも認めてもらえない。結局僕は第一志望の某旧帝大に特攻し、轟沈する。

浪人前半(一人暮らし宅浪)

大学に落ちたにも関わらず、当時の僕は気丈だった。あと1年ある、1浪まではセーフという気持ちがあったからかもしれない。

浪人し、また某旧帝大を目指すことを決意した。理系は向いてないなと思い、文転した。

家族はなけなしの金をはたいて予備校に通わせてやると言ってくれた。この時素直に家族に甘えて予備校に通ってれば少なくとも今よりはマシな結果を得られたんだろうか。当時の僕は色々思う所があり、一人暮らし宅浪という中途半端な浪人形態を選択した。予備校に通わないことで浮いた金を生活費に費やした。

一人暮らし先は某旧帝大がある某所を選んだ。今までの受験生活で自分がどれだけ自堕落な人間かわかっているはずなのに、どれだけ無能な人間かわかっているはずなのに、何にもなれないとわかっているはずなのに、初めての一人暮らしに浮かれ立ち、志望校の近くならやる気も出るだろうという何の根拠もない希望的観測を持って僕の新生活がスタートした。

そこに行けば、ダメな自分も変われると思った。勝手に変わると思いこんでいた。しかし、住む場所が変わったところで、自分から変わろうとしない限り、人間は変われない。もちろん僕は自ら変わろうとはしなかった。自堕落な僕がストイックでやる気に満ち溢れた人間に生まれ変わる事は無かった。

 勉強をしながら家事もこなす、というのは予想以上に大変だった。慣れない家事に加え、勉強もしなければならない。負担は通常の浪人生の2倍。初めは自炊も意気込んでやっていたのだが、段々億劫になり、スーパーの惣菜や弁当で済ますようになった。また、当然一人暮らしなので話し相手も居らず、宅浪なので友達を作る機会も無く、とにかく孤独で辛かった。孤独感に苛まれ、精神を病み、勉強を放棄した。たった数ヶ月で10キロも体重が減り、精神的にも肉体的にも弱っていた。

心配した家族に実家に連れ戻され、都落ち

浪人後半(宅浪)

何も言わず僕を送り出してくれた家族に申し訳なく、このままではダメだと自分を奮い立たせ、必死に図書館に通った。さすがに旧帝はもう無理だなと思い、上位駅弁に志望校のランクを落とした。いつしか僕は何のために勉強しているのかわからなくなっていた。劣等感を払拭とか、誰かに認められたいとか、そういうのはもうどうでもよくなっていた。とにかく気が狂いそうなほどに続く受験勉強という日常のループから抜け出したかった。それでもここまでくると後に引けず、惰性で大学受験を続けた。

また精神を病み、家から出られなくなった。勉強も続けられなくなっていた。机に座っても参考書の文章が全く頭に入ってこない。情けない自分に涙を流す日が続いた。

そして、迎えた二度目のセンター試験当日。緊張はしていなかった。むしろ落ち着いていた。もうどうでもいいやと開き直ったからかもしれない。

何ヶ月も勉強していなかったが、最後のあがきで得意の英語は9割、国語は8割取った。だが、それだけだった。他の科目は壊滅的。これが自分の実力なのだと諦めると納得することができた。自分の無能を理解するのに時間はかからなかった。

もはや上位駅弁すら無理だったので更に志望校を下げた。

そして結局僕は1浪したにも拘らず、某二流大学に進学することとなった。

2浪も考えたが、予備校に通うだけの金も、もう1浪するだけの気力も僕には殆ど残っていなかった。こんな事になるならば、高校に残って就職の世話をしてもらうか、遊び呆けてから適当な大学に進学したほうがまだ良かった。

そもそも偏差値30代の高校に進学した時点で僕の未来は決まっていた。そんな人間が旧帝大学に合格しようなど、お笑いだ。幼い頃から努力から逃げ続けた人間が、努力を続けられる筈がない。変われる筈がない。何かになれる筈がない。僕に一流大学合格というハードルは、あまりにも高すぎた。

やること全てが空回り。

結局何も成し遂げられずに僕の大学受験は、終わりを告げた。

 

・・・

 

夢を見た。己の才能を過信し、やればできる、何かになれると信じ続けていた。でも実際はそうではなかった。むしろできないことの方が多く、自分の無能と、何にもなれないという事を嫌というほど思い知らされた。

何かになる為に努力を続けるのは恐ろしく困難な事だ。努力をする事が難しいのではなく、続ける事が難しいのだ。一時的に努力はできても、結局続けられず、楽なほうに流れてしまう。

でも、人間ってそんなものなのかもしれない。進学校に通っている人間が皆、東京一工や早慶を始めとする一流大学に合格するわけではない。そういう大学に進学した人の中にさえ、その先どこかで躓く人だっている。

皆が皆、自分の人生の主人公になれるわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

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