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堕落にまみれた僕の大学受験 前編

大学受験

お題「受験」

若い頃というのは己の才能を過信し、無謀な挑戦してしまうものだ。それはまさに僕の大学受験そのものだった。たいした能力も無い癖に難関大を志望し、本気で何かになれると信じていた。

しかし、それを経て僕が得られたのは、成功譚でもなく、学歴でもなく、「自分は何にもなれない」という事実認識のみだった。

背景

中学時代は全く勉強せずに友人と遊び呆けていた。成績は下から数えたほうが早かった。当然進学できたのは偏差値30代のFラン高だけ。そんなだから誰かから褒められたり、認められたりという経験がなく、心の底では誰かに認められたいと思いつつも努力から逃げていた。

高校に入学してから、某巨大掲示板をよく見るようになった。そこでは、低学歴の人間は人以下の扱いをされていた。「低学歴はチンパンジー、生きる価値無し」「低学歴は小さい頃から努力から逃げ続けた甲斐性なし」「低学歴ってなんで生きてるの?」。そんなレスが日に日に飛び交っていた。僕は恐怖した。僕が知らなかっただけで、世間は僕みたいな低学歴の人間をこういう目で見ているのか、と(ネットde真実とはよく言ったもので、ネットの意見を世間の意見と一緒くたにしてしまった。)

それから、劣等感を感じるようになった。学校に行くのが嫌になった。高校の制服を着て街を歩くのがとんでもなく恥ずかしかった。劣等感を払拭するには、良い大学に入るしかないと思った。そして、そうすれば誰もが僕を見直し、認めてくれるだろうと思った。劣等感と承認欲求こそが、全ての原動力だった。

高1

うちは貧乏なので、国公立しか選択肢が無かった。自宅から通える偏差値50代の国公立大学を目指すことになった。

中学英語と数学の復習から始めた。当時の僕はbe動詞すら知らなかった。勉強は楽しくなかったけど、受験から解放されて周りが遊びまくっている中たった一人勉強している自分に酔うことで、続けられた。

底辺高校のテストは凄く簡単だった。中学では下から数えたほうが早かった僕が、学年トップの成績を取っていた。

調子に乗った僕は自分の全国での実力を試したくなり、進研模試を受けた。進学校の人間の間では馬鹿にされている進研模試でも、底辺高校の僕にとっては凄く難しくて、ちんぷんかんぷんだった。数学・英語・国語、全てが一桁台の点数。猿山で猿の大将になっていた自分が恥ずかしかった。あんな馬鹿みたいな連中と糞の役にも立たないレベルの低い授業を受けているからこんな点数しか取れないんだと自分の努力不足や無能を棚に上げ、責任転嫁した。

学校は絵に描いたような底辺高校ではなく、むしろ平和そのものだった。DQNもいるにはいたけれど少数だったし、イジメをしたり見境なく暴力を振るったりするということはなく、むしろ大人しかった。他の同級生たちも、頭は良くなかったけど、優しい人ばかりだった。根暗な僕に話しかけてくれたりした。放課後に遊んだりするとまではいかなくとも、休み時間に談笑したりする友達はたくさんできた。

当時の僕は彼らの優しさに気づけなかった。見下し、反発し、彼らを避けるように学校をサボるようになった。

進研模試での惨敗により焦った僕は学校をサボることで浮いた時間を利用して塾に通い始めた。金が無かったので授業料が高い大手予備校には通えず、地元のマイナー塾。しかも単科受講。一度制服を着て塾に行くと他の生徒から変な目を向けられた。「先生、なんで●●高校のやつが塾きてんの?(笑)」そんな声が聞こえてきた。高校名がバレるので、それから制服を着ていくのはやめた。学校帰りでも近くのコンビニのトイレで私服に着替えて塾に通った。劣等感は増すばかりだった。

留年しない程度には学校に行ったけど、その時間が凄く無駄なことに思えて、こんな事してる場合じゃないのにと焦燥感に苛まれた。

底辺高校での生活に耐えられなくなり、学校をやめる事にした。高認は大学に全落ちした場合中卒になってしまうからまずいと思い、通信制高校に転校することにした。転校する場合、学年を引き継ぐ為にはこれだけ必要という単位が決まっているのだが、僕の場合授業をサボりまくっていたのでそれに全く足りていなかった。さすがに転校後1年からやり直しは嫌だったので頑張って学校に通い、単位を稼ぐことにした。単位を計算すると少なくとも高2の夏までは学校に通わなければならないようだった。

いやいやながらも毎日学校に通った。逃げる場所ができると精神的に安定したのか勉強にも張りができ、学校では1時間目~6時間目まで内職、放課後も塾で授業を受け、その後自習という(僕にとっては)ハードワークをこなせた。

高2

そんな生活を続けていたので、偏差値はみるみる上がっていった。春の高2全統模試でそれなりの点数が取れ、調子に乗った。それが僕の欲望とプライド、そして万能感を肥大化させ、「地元の国公立なんかじゃ満足できない!俺は旧帝大に行くんだ!」と思うようになっていた。当時の僕は自分なんかでも旧帝に受かると本気で信じていた。しかし、僕のような自堕落な人間が努力を続けるということは、とてつもなく困難なことだった。

高2の夏、転校を前にし、志望していた某旧帝大オープンキャンパスに行き、感動したのを今でも覚えている。全てが輝いて見えた。こんな所で大学生活を送ることができたらどんなにいいだろう。将来のビジョンをあれやこれやと夢想した。見事志望校に合格し、遊びに勉強にと大学生活を謳歌する自分を頭の中で何度も思い描いた。

そして、9月。必要なだけの単位を揃え、夏休み終了と同時に高校を退学し、通信制高校に編入した。授業はインターネット配信で、年に数回スクーリングに出席すれば卒業可能という学校だったので、自由な時間が増えた。

オープンキャンパスに行ったことにより急上昇したモチベーション、勉強に費やすには十分なほどの有り余った時間。旧帝合格に向けて邁進するのに必要な環境は整っていた。しかし、所詮僕は僕だった。

1日の時間を自由に使えるという開放感から、堕落してしまった。浮いた時間をネットに費やすようになっていた。そしてあろうことか、そのまま高2を終了してしまう。

 

後編につづく

 

 

 

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